Monday, June 25, 2012

ARICAのホームページで

所属するシアターカンパニーARICAのホームページで月に一度、エッセー「うなぎしま通信」を連載しています。このホームページではほかにも、演出家の藤田康城が自身のこけしコレクションを自慢しながら東北の深部にふれ、美術家・音楽家の高橋永二郎が長い間の構想を経て実直に取り組んだシャルダン論「シャルダン・モナムール」を発表しています。ぜひあわせてご一読下さい!

http://www.aricatheatercompany.com/japanese/column/

Friday, June 22, 2012

写真集狂アラーキー

IZU PHOTO MUSEUMで開催中の展覧会「荒木経惟写真集展アラーキー」のカタログ『写真集狂アラーキー』に寄稿しました。450冊を超える荒木の写真集のうち、『写真論』(1989年)と『彼岸』(2011年)について触れています。

「写真論の彼岸」、小原真史・永原耕治編『写真集狂アラーキー』IZU PHOTO MUSEUM、2012年、82-85頁。【英訳:"Higan and the Theory of Photography," Masashi Kohara and Koji Nagahara(eds), Nobuyoshi Araki: Ararchy Photobook Mania(Nagaizumi: Izu Photo Museum, 2012), 276-277.】

http://www.izuphoto-museum.jp/exhibition/69793602.html

展覧会は7月29日(日)まで。

レビュー Natural History

2月に札幌・モエレ沼公園の「SNOWSCAPE MOERE-再生する風景-」展に出品した、露口啓二さんとの映像作品「Natural History」のレビューが、ドキュメンタリー雑誌『neoneo』公式サイトに載りました。評者は吉成秀夫さんです。
http://webneo.org/archives/1623



Thursday, April 19, 2012

中平卓馬写真集 沖縄・奄美・吐噶喇1974-1978

長く編集に関わってきた『中平卓馬写真集 沖縄・奄美・吐噶喇1974-1978』が未来社より刊行されました。沖縄写真家シリーズ[琉球烈像]第8巻です。あまり知られていないイメージも数多く掲載、高良勉さんのインタヴュー、八角聡仁さんの論考も読みごたえがあります。私はインタヴューを構成したほか、編集ノートを執筆しました。ぜひお手にとっていただければ幸いです。
http://www.miraisha.co.jp/np/isbn/9784624900281


またもうじき、オシリスより『中平卓馬写真集『サーキュレーション――日付、場所、行為』が刊行されます。こちらも楽しみです。
http://osirisnews.blogspot.com/

Wednesday, April 18, 2012

写真+

4月から1年の予定で在外研究のためハワイ大学マノア校に在籍しています。この間、日本国内で見逃すイベントに心を残しそうです。自分の関わったものも。

写真分離派なる運動体に一昨年暮れから参加していますが、名古屋の中京大学アートギャラリーC・スクエアで、清水穣キュレーションによる「写真分離派展 写真+」が始まりました。私は須山悠里と作った短い映像作品「写真の位置、メモ」を展示しています。ぜひお立ち寄りください。

http://www.chukyo-u.ac.jp/extension/gallery/2012/04/002714.html

また青幻舎から『写真分離派宣言』が出版されます。以前にナディフで行なった清水さんとの対談が掲載されています。

http://www.seigensha.com/newbook/2012/04/15000139

Tuesday, March 27, 2012

宮内理司写真展

宮内理司写真展passin' me byのお知らせです。この企画に関わり、展覧会に併せて発行される写真集に寄稿しました。久しぶりの個展は原点に戻ったかのようなスナップ写真。ぜひご覧下さい。


宮内理司写真展passin' me by
2012年4月9日(月)〜14日(土)
12:00〜19:00(最終日17:00まで)
表参道画廊
http://www.omotesando-garo.com/


「スナップの国からこんにちは—宮内理司の写真」、宮内理司『passin' me by』私家版、2012年、n.p.

Tuesday, March 20, 2012

歩行曲線の曲率


「荒木経惟の写真の思想のうち、いちばん重要なのは、かれが実現している〈風俗〉は、外から時代的にくるのでもなく、また内から好みのままにくるのでもなく、かれの歩行の始まりから終りにわたる曲線のどこかで出あう特異点と、その近傍のようなものだということだとおもう。そしてこの歩行曲線の曲率をきめているのは、いつも乳幼児のときの〈母〉だし、それが街筋の百数十年の歩行と、ふと街の辻や、アパートの日溜りのところで、かれの生涯の夢の傷と出あったとき、彼の〈風俗〉が出現するのだ。」(吉本隆明)